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昭和47年入社。社寺部のリーダーとして最近は若手の育成にも力を入れています。
30年近くのお付き合いのある宇佐神宮。その工事に深く携わった経歴を持つのが佐伯建設社寺部の宮田部長です。
Q.今では佐伯建設の特徴ともなっている社寺部のリーダーである宮田部長ですが、宇佐神宮とのきっかけを教えてください。
そうですね。私は生まれは宮崎ですが、佐伯建設に入社して以来、大分本社・四国・宮崎・東京・福岡と各支店に勤務し、1983年宝物館及び参集殿工事に当時の船木作業所長の下で現場主任として参加させて頂いたときは、由緒ある宇佐神宮の歴史に参加できるとの思いで嬉しくてたまらなかったことを思い出します。
Q.もう30年近く前の工事にはなりますが、宝物館の威風堂々とした造りには感動を覚える方も多いかと思います。
この工事は日本建築で有名な大江宏建築事務所様のご指導の下、日本三沢の池として有名な初沢の池に生育する古代蓮の移植保存・史跡調査から始まりました。
当時は現地に泊り込み、複雑で優美な屋根の原寸図を夜遅くまで時には徹夜で描き検討を重ね、又原寸大の模型を作成し木柄の寸法を確認した後に実際に施工に取り掛かりました。
又鉄骨造・コンクリート造でありながらふんだんに木材(台桧)を使用しました。その木材の1本1本を吟味し使用しました。採用するまでに同じ木材を少なくとも3度は手にして、その木材の品質を確認したものです。この工事で本物を造らせていただいたと感じました。
Q.当時の佐伯建設社長川崎安太(現会長)が打ち合わせをしている写真も残っていますね。
当時の佐伯建設にとって、宇佐神宮様との工事がどれほど大きな意味を持っていたかを示しているように思います。実際に、社長(当時)はよく現場にお見えになりまだ若かった私に熱心に工事の進捗状況、細部の納まり、又全体構想をよく訊ねられました。参集殿の小屋組完了時に行われた上棟式の「工匠之儀」での大江先生との烏帽子と白装束姿が思い出されます。
Q.その後も数多くの宇佐神宮内の建物をさせていただいておりますが…。
斎館改築 (1993年竣工)、お札所の増改築(1998年竣工)、社務所増改築(2000年竣工)、御本殿前広場(2005年竣工)など、本当にいつもお世話になっております。
斎館の工事では旧斎館調査解体、史跡調査から始まり、木材は宇佐神宮奥宮があります御許山の樹齢600年~800年の銘木杉が台風で倒木しそれを製材乾燥させ使用しました。
当時の宮司様より「宇佐神宮の職員です」と、私のことを冗談交じりに紹介されたこともあります。私もそのつもりになって、その後の一連の工事も誠心誠意打合せをさせていただき一緒になって施工させていただきました。
Q.1998年 佐伯建設社内に社寺・仏閣建築、伝統建築に特化した部署をして社寺部が発足しました。宇佐神宮で培った部分も多いのではないでしょうか?
当社は社寺建築に対しては、得意分野の1つであり施工実績も非常に多くこれまでに手がけてまいりました。社寺部として宇佐神宮の一連の工事は実績に大きく貢献し、技術の向上に繋がりました。これからこの蓄積された技術を生かし、若手社員に伝承していきます
又、社寺部はこの蓄積された技術を基に伝統的木構造住宅なども手がけ、誠実な「もの」づくりに徹し、お客様のニーズに応えて参ります。
現在、私を含め7名(1級建築士)のスタッフで日々研讃し、一人一人が棟梁の自覚を持ち、伝統技術と先端技術を兼ね備えた施工体制を整備しております。又引渡しした建物はその建物が存在する限り記録を残し見守ってまいります
Q.佐伯建設を、そして宮田部長を語る上で、宇佐神宮は本当に大きな役割を果たしたのですね。
はい。私はこれまで20年以上も宇佐神宮の関連工事に携わってきました。真に宇佐神宮で育ててもらったといっても過言ではありません
勅祭記念事業として2003年より始まりました御本殿前広場整備他工事では、隣接する国宝の本殿、国指定天然記念物区域等の文化財の中での工事車両進入路・楊重設備等の総合仮設計画に、又主な行事日程と工事工程計画等非常に難しく色々とご理解をいただきました。宇佐神宮の文化財保存委員会の皆様、設計・監理をしていただきました種村強建築設計事務所様ありがとうございました。